F1技術解説:メルセデスW14の大規模アップグレードの背後にある興味深い設計の詳細 - 2023年モナコGP

メルセデスの大幅にアップデートされたマシンがやっと披露され、チームは予想通りモナコGP週末前に注目の的になった。先週は、サイドポッドとフロントサスペンションの変更から構成されるそのアップデートを紹介したが、今回は特にサスペンションの詳細に焦点を合わせる。

前方の上部ウィッシュボーンが以前よりかなり高い位置に取り付けられていることがわかる。前方の上部ウィッシュボーンと後方の上部ウィッシュボーンの間の角度は、そのジオメトリにおけるアンチダイブの量を決定する。これまでのメルセデスでは、その角度は15度程度だった。前方のウィッシュボーンを高くすることで、その角度は約30度まで増加した。

ブレーキング時のマシンの自然な沈み込みに対して、サスペンションが抵抗できればできるほど、マシンの空力学的プラットフォームが損なわれることは少なくなる。特にグランドエフェクト世代のマシンでは、フロアを低くすればするほど、アンダーボディが生成するダウンフォースがかなり強化されるため、この点は重要である。簡単に言うと、沈み込みを少なくすることでフロアを低く設定でき、アンダーボディのダウンフォースを増加させることができるのだ。

また、沈み込みに対する抵抗は、ブレーキングからマシンが水平になるまでの間の空力学的中心の移動を少なくし、コーナーの様々な局面において、ブレーキングとマシンのバランスを一定に保つことを容易にする。

モナコGPアップデート前のメルセデスW14
モナコGPアップデート前のメルセデスW14
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モナコGPアップデート後のメルセデスW14

一般的に、この世代のマシンは、ブレーキング時にやや不安定になる傾向があるが、コーナーの途中でアンダーステアが起きる。これは、アンダーボディのベンチュリの喉が、規則上かなり後方にあるため、定常走行でのコーナリングでは空力学的に強力なリアが得られるが、ブレーキングでは前方への移動が多くなり、マシンが沈み込んだときにリアが不安定になる感覚を与えるという、両方の悪い面を併せ持っている。

しかし、サスペンションのアンチダイブが大きければよいというものでもない。ブレーキング荷重がサスペンションを介して伝達される方法と、沈み込みの減少が組み合わさり、前輪に作用するダウンフォースに合わせてペダル圧力(ペダルの踏み込み量)を調整しようとするドライバーの感覚が鈍くなるのだ。

前方のウィッシュボーンを高く取り付けると、コーナリング時のジオメトリの横方向の動作も変化する。マシンのフロントロールセンター*の高さを上げる効果がある。*<コーナリング時にマシンが横揺れ(ロール)する概念的な点(想定点)、これが高ければ高いほど横揺れが誘発される>

リアサスペンションも、独自のロールセンターがある。F1マシンのフロントサスペンションとリアサスペンションのロールセンターを結ぶ仮想の線(ロール軸と呼ばれる)は、通常ノーズダウン(つまり、リアのロールセンターの方がフロントよりも高い)になっている。

メルセデスW14:サスペンションの変更はアップデートの重要な部分。上図の黄色で強調されている
メルセデスW14:サスペンションの変更はアップデートの重要な部分。上図の黄色で強調されている。

この仮想線の角度によって、マシンがオーバーステアになるのかアンダーステアになるのかが決まる。フロントロールセンターを大きくすると、フロントとリアのロール軸の角度が小さくなり、特に低速コーナーでアンダーステアが強くなる効果がある。

したがって、サスペンションの機械的な機能だけでも、大きなトレードオフがある。しかし、メルセデスが今回の変更で行ったことは、それを空力学の変化の一部にすることだった。メルセデスは、新しいサイドポッドによって、サイドのチャンネルとフロア縁(フロアエッジ)にできるだけ多くの気流を誘導しようとしている。

サイドポッドのチャンネルは、リアディフューザーの上部に流れる気流を受け止めている。フロア縁はアンダーフロア(床下)を密閉しようとするため、アンダーフロアの圧力低下が大きくなり、マシンがより強く吸い込まれるようになる。サイドポッドの下にあるアンダーフロアトンネルへの吸気口は、アンダーボディに空気を供給している。

高くなった新しいフロントトップのウィッシュボーンにより、メルセデスはプッシュロッド、リアトップウィッシュボーン、下部リアウィッシュボーンを整列させ(位置を合わせて)、トンネル吸気口、下部サイドポッド、フロア縁に向かってカスケード状に空力学的なダウンウォッシュを与えることができるようになった。

メルセデスW14のプッシュロッドレイアウトは、ウィッシュボーンと反対方向のアームを持つプルロッドよりも、サスペンションアームの空力学的カスケードダウンウォッシュに適している。フロントトップウィッシュボーン(赤矢印)の取り付け位置を高くすることで、そこからプッシュロッド、リアトップウィッシュボーン、下部リアウィッシュボーンへとダウンウォッシュする気流の効果を生み出すことができる
メルセデスW14のプッシュロッドレイアウトは、ウィッシュボーンと反対方向のアームを持つプルロッドよりも、サスペンションアームの空力学的カスケードダウンウォッシュに適している。フロントトップウィッシュボーン(赤矢印)の取り付け位置を高くすることで、そこからプッシュロッド、リアトップウィッシュボーン、下部リアウィッシュボーンへとダウンウォッシュする気流の効果を生み出すことができる。

レッドブルのプルロッド式フロントサスペンションレイアウトでは、プルロッドが他のサスペンションアームとは逆に横方向に配置されているため、このようなことは不可能だっただろう。しかし、メルセデスのプッシュロッドシステムでは、プッシュロッドが同じ方向に整列する。

メルセデスは、全く異なる空力パッケージのために設計された既存のモノコック(タブ)を中心に変更を加えることを余儀なくされた。しかし、それでも空力学的開発の新たな道を切り開くことは可能だった。

-Source: The Official Formula 1 Website