F1やその他のレースを観戦していると、コメンテーターが「スリップストリーム」や「ダーティエア」について話しているのをよく耳にする。しかし、その違いは何だろうか?
2022年のF1マシンから発生する乱流(CFDシミュレーション)
SimScale(シムスケール)提供によるCFDシミュレーション。2022年のF1マシンから発生する乱流を示している。現在のマシンによって生じる「マッシュルーム」型後流よりも、後流が狭いことに注目。

スリップストリーム

事実上、ふたつの現象は同じだが、それが起きるトラックの場所が重要な違いである。「スリップストリーミング(スリップストリーム)」は、あるマシンがストレートで別のマシンの後ろを走行しているときに起きる。

ウィリアムズF1レースのエアロダイナミシスト、ジャック・チルバースは「先行マシンは、ダウンフォースを生成するとき、マシンの後ろに低い圧力の領域を生成してそこに空気の流れを作り出す」と説明する。

「後続マシンが十分近づいていれば、この効果を先行マシンの低圧ゾーンに『引き込む』ことができる。したがって、後続マシンは、空気抵抗を克服するのにそれほど苦労しない。だから、グリップが制限された状況ではないときは、直線ではそれほどダウンフォースを必要としないため、スリップストリームを有利に使うことができる」

この効果は「トウ(牽引)」と呼ばれることもあるが、特に、直線スピードが大きな役割を果たすトラックでは、ラップタイムにかなり大きな違いが生じる。



「ダーティエア」

一方、ダーティエアは、マシンがグリップ制限状態にあるコーナーで発生する。先行マシンは、向かってくる空気のエネルギーを事実上使い果たし、全圧の低い空気、すなわち「ダーティエア」を残す。この最初に出会う気流が乱れているため、後続マシンは空力学パフォーマンスが低下する。しかし、このような条件下でオーバーテイクが難しくなる理由は、ダウンフォースの純粋な損失だけではない。

ジャック・チルバースは「ドライバーを動揺させる最大のもののひとつは、マシンの『フィーリング』の変化だ。空力学的に言うと、これは空力学的バランスを意味する」と説明する。最初の気流の混乱が、まずフロント・ウィングに影響し、パフォーマンスと効率の大幅な低下を引き起こすため、空力学的バランスを失う可能性がある。

チルバースは「通常、ドライバーは自分が快適に感じるよう、コーナーに入るときに自信が持てるよう、空力学的バランスをセットアッップする。だから、マシンが空力学的バランスを失い始めると、ドライバーは減速する。だからこそパフォーマンスに影響が出る」と語る。

一般的な認識では、空力学的パフォーマンスの低下は、「ダーティエア」の最大の被害であるが、後続マシンにとってさらに大きな問題になりかねないのが、冷却である。

チルバースは「他のマシンの後ろを走っているとき、ドライバーは激しく攻め、エンジンやブレーキなどの部品を限界まで酷使する」と説明する。

「マシンにかかる全圧が低くなり始めると、すべての冷却システムに影響が出始める」

つまり、ラジエーターが十分機能することができない、ブレーキダクトを通過する気流が不十分となる、などである。これらはすべてがすべてのシステムのオーバーヒートを引き起こすので、通常、ドライバーはこれらシステムを管理するために減速しなくてはならない。

後続F1マシンのドライバーは、こちらに向かってくる低圧の「ダーティエア」のため、エンジン、ブレーキ、タイヤ温度を管理する必要がある。(CREDIT: SimScale)
後続マシンのドライバーは、こちらに向かってくる低圧の「ダーティエア」のため、エンジン、ブレーキ、タイヤ温度を管理する必要がある。(CREDIT: SimScale)

「スリップストリーム(スリップストリーミング)」という用語は、NASCARやGT、さらには二輪などさまざまな形式のレースでよく使われるが、「ダーティエア」という言葉がF1以外のレース形式で聞かれることは珍しい。だからこそF1は、2022年から施行される革新的な規約を開発して、将来のマシンがこの現象によって影響を受けにくくなるよう努力しているのだ。

F1マシンが、この最初に出会う気流のコンディションの変化に大きく影響を受けることは興味深い、いや不思議なことだが、その大部分は、F1チームが達成できる空力学的最適化のレベルによって説明できる。ジャック・チルバースは「F1ではすべてがとても細かく調整されており、研ぎ澄まされているため、どんなダーティエアであっても、協調して機能するよう精密にバランスがとられているデバイスに大きな影響を与える」と説明する。

さらに、サルーンカーレース(ハコ車レース)とは異なり、F1はオープンホイールのコンセプトなので、タイヤ後流の管理が必要となる。後流はとても乱れていて破壊的なので、しばしばマシンから遠ざけられる。しかし、先行マシンが残したこの後流は、後続マシンに対するダーティエアの問題をさらに悪化させる。突き詰めた空力学的最適化と、乱れたタイヤ後流の組み合わせこそが、F1マシンにとって「ダーティエア」がはるかに有害になる理由である。

下の動画は、2016年F1マシンの全圧を示す "SimScale" のCFDシミュレーションであり、破壊的なタイヤ後流を強調している。



すでに述べたように、2021年(延期されて2022年)には、空力学的規約は、この後流のサイズを小さくするだけでなく、この乱流をマシン内に引き込み、後続マシンの上に排出することを目指している。このようにすれば、マシンはコーナーでより接近して走行できるようになり、コーナーでオーバーテイクができるようになるはずである。

F1の2022年規約の目的は、後流を吸い込んで後続マシンの上に導くことである
F1の2022年規約の目的は、後流を吸い込んで後続マシンの上に導くことである。

しかし、ストレートでは副次的影響がある。後流はティアドロップ型(涙型)をして、後続マシンの上に向かう。つまり、後続マシンはドラッグが低下することはなく、スリップストリームはもはや有効ではない。しかしジャック・チルバースは、新しい規約に関して用心深く楽観的に考えている。

「提案されている規約は確かに大きな違いをもたらすだろう。しかし、後続マシンが、先行マシンによって乱された空気の影響を受けるのは間違いない。完璧なクリーンエアのときとは違う気流に出会うことになるだろう。そこから逃れられるすべはないと思う」

彼はまた、規約はひとつのことを意図しているかもしれないが、「エアロダイナミシストとして、我々はいつも規約から抜け出せる何かを探そうと頑張るものだ」

これは、2009年の規約変更を思い起こさせる。このときは、空力学的パフォーマンスを大きく低下させる目的で導入されたが、一部チームは、ダブル・ディフューザーで、提案されたパフォーマンス損失を取り戻すことができた。今回の新しい規約が、F1の次世代に何をもたらすのかは、時間が経たなければわからないだろう。

-Source: Racecar Engineering