F1シンガポールGPはナイトレース

ジョン・デュアーデンによると、F1のエリート的立場は、狭いファン層にしかアピールできず、長くレースを開催し続けると、F1開催のメリットが減少していくように見えると言う。


Lions and Tigers: The Story of Football in Singapore and Malaysia (English Edition) ジョン・デュアーデンは20年間アジアに住み、アジアのスポーツシーンを取材している。
 著書に "Lions and Tigers: The Story of Football in Singapore and Malaysia"(2017年)を含む3冊の本がある。

シンガポールが始めてF1グランプリのナイトレースを開催してからほぼ15年が経ったが、これまでの道のりは大変だった。

2008年にシンガポールでF1ナイトレースが開催されたとき、当時のシンガポール政府観光局(STB)の副会長兼最高経営責任者であるリム・ネオ・チャンは、3日間のイベントで1億シンガポールドル(82億8,837万円*)の観光収入を得るという大きな目標を達成できると考えていた。

リムは、レースが始まる前の週末、メディアに「ほぼ10万枚のチケットを販売した... そのうち4万5000人から5万人は観光客だろう」と語り、約1万人は企業の上級幹部だと付け加えた。

実際、シンガポール初のレースには、レノボの当時の会長兼CEOのウィリアム・アメリオ、ソニーの当時の会長ハワード・ストリンガー、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドの当時のCEOフレッド・グッドウィン卿などの有名人が観戦していた。

レース開催のために1億5000万シンガポールドル(124億3,255万円*)を投じ、そのうち60%を政府が負担しても、シンガポールが動じなかったのも当然だった。

金を見せろ

しかし、開催都市にとっては、必ずしも順調だったわけではなかった。

2007年、それまで14年間レースを開催してきたメルボルンは、4,130万豪ドル(4,246万シンガポールドル 35億1,924万円)の赤字を出した。

それでも、メルボルンはイベントを開催し続けた。知名度や観光客数などの無形の利益を求めていたのた。

だが1999年に、日本に次いでアジアで2番目にF1を開催したマレーシアのような国は、その価値がないことに気づいた。

観客動員数は、最高時の12万6,690人から2016年には8万人と減少し、コストも高騰したため、マレーシアは1年後にF1レースを中止した。

F1はアジアでの定着を目指してきたが、記録には汚点もある。2010年代、韓国では4年、インドでは3年しか続かなかった。

F1への関心は、全体的に低下しているように見える。シンガポールで初めてグランプリが開催された2008年には、全世界で6億人の視聴者がいたが、2017年には気がかりなほど減少して3億5,000万人になった。

2020年にはわずかに回復して4億3,300万人になったが、これはたぶんCOVID-19の影響だと思われ、2008年からの視聴者数を眺めるとF1への関心が薄れてきていることを示している。

減少する見返り

2017年、STBは最初の10年間でレースは約45万人の海外旅行者をもたらし、世界の7億8千万人の人々にシンガポールを紹介したと発表した。

しかしこのような見返りは、レースが長く続くほど減少していくように見える。

シンガポールがこれまでに開催した11のレースは、観光収入を14億シンガポールドル(1,160億3,718万円*)増やしたと報告されている。これは年間約1億3,000万シンガポールドル(107億7,488万円)に相当するが、シンガポールがレースを開催するために費やす金額を下回っている。

2017年、2021年までの契約が締結され、開催費用が年間1億5千万シンガポールドル(124億3,255万円*)から1億3,500万シンガポールドル(111億8,930万円*)に若干引き下げられた。

2019年F1シンガポールGPスタート
2019年F1シンガポールGPスタート

今年のレース開催は不都合

シンガポールはアジアのトレンドに逆らい、10年以上にわたってF1の主要な開催地としての地位を確立してきた。

しかし、公衆衛生上のリスクや経済の先行きが不透明な中、COVID-19という激動の世界でF1が岐路に立たされている今、シンガポールでのF1の将来を検討することは時宜を得たことと言えるだろう。

シンガポールは現在、国内でCOVID-19感染の第2波に取り組んでおり、F1開催の話題は、やや些末で見当外れのように見える。

特に、バドミントンのシンガポール・オープンや、毎年開催されるアジア安全保障会議(シャングリラ会合)、世界経済フォーラムなど、シンガポールで開催される予定だった他の大きなイベントがすべてキャンセルされたことを考えると、なおさらである。

パンデミックの拡大は依然として世界的に強力なリスクであるため、シンガポールはF1レースのために数ヶ月後に国境を開くことに慎重でなければならない、観光客がシンガポールに渡航でき、シンガポールを訪れたいと思っているのであればの話だが。

また、感染者が続出するリスクは、特にその後のロックダウンにつながることを考えれば、観光収入がもたらす経済効果を上回る。

ジェニファー・ロペスのパフォーマンス:2014年F1シンガポールGP
ジェニファー・ロペスのパフォーマンス:2014年F1シンガポールGP

行き過ぎた無駄遣い?

しかし、パンデミックが終わっても、シンガポールのF1契約が2021年に更新されるため、シンガポールはその長期的な価値提案を見直すべきだろう。

これまでの11年間の先もF1を開催し、シンガポールをアピールすることで、シンガポールが得る利益は増加する可能性がある。

世界的な悲惨な経済状況を考えると、F1は行き過ぎた浪費だと指摘する声もある。

デロイト東南アジアのスポーツビジネス・グループの責任者であるジェームズ・ウォルトンは、2019年、メディアに対して、世界的な金融不況の中、F1への支出は「一般大衆には贅沢だと思われるかもしれない」と語った。

世界中で経済成長が鈍化し、雇用が失われ、失業率が高くなっていることを背景に、このような心情が強くなっており、F1は多くの人々にとって受け入れにくいだろう。

持続可能性の課題とは相反

さらに、シンガポールは他の多くの国と同様に、持続可能性や気候変動の問題を社会意識の前面に押し出し、国の二酸化炭素排出量を管理するためのグリーンプランを策定しているが、F1の開催はそのような取り組みにとって逆効果のように見える。

F1は2018年だけで25万6,000トン以上の総二酸化炭素排出量を記録しており、二酸化炭素排出の実績は印象的とは言い難い。世界中でレースを開催するためのロジスティクス(巨大なチーム、機材、マシンの輸送)が、F1の二酸化炭素排出量の45%を占めている。

主に持続可能な燃料の使用を発展させることでカーボンニュートラルを目指すF1の計画は称賛に値するが、それでもF1のカーボンフットプリントのほとんどはロジスティクスと輸送に関わるものである。

レースをするために、チームとその高価なマシンが世界中を飛び回って、これほど多くの資源を消費するゲームは他にない。

シンガポールの貿易産業大臣とF1のチェイス・キャリーCEOが共同記者会見:2017年9月15日
シンガポールの貿易産業大臣とF1のチェイス・キャリーCEOが共同記者会見:2017年9月15日

シンガポールは世界から注目されるために、F1をどれだけ必要としているか?

有利な税制やビジネス環境により、世界の一流ビジネスリーダーの多くがシンガポールに移住したり、少なくともシンガポールにファミリーオフィスを構えたりしている。F1よりもそちらの方が、シンガポールの経済成長に直接的な影響やインパクトを与えている可能性が高い。

さらに、2008年に最初のシンガポールGPが開催されて以来、シンガポールは経済の多様化をさらに進め、中国、米国、ヨーロッパの有名企業がこの地に地域の重要な拠点を築いている。

シンガポールで世界のエリートたちが週末に集まってネットワーキングすることにはそれなりのメリットがある。シンガポールはブルームバーグの新経済フォーラムを開催し、開催が中止された世界経済フォーラムの開催地になるはずだった。シンガポールは、世界のエリートの注目を集めるために、もはやF1を必要としていない。

シンガポールには、毎年「アジアのベスト・バー50」に選ばれているリージェント・ホテルの「マンハッタン」、パークビュー・スクエアの「アトラス」と「ジガー&ポニー」など、アジアで最も知名度の高いバーやナイトクラブがあり、もはやF1レースでイメージを盛り上げる必要はないだろう。

世界がパンデミックを利用して戦略的な優先順位を検討している中、シンガポールはCOVID-19から世界が立ち直り、F1界での地位を検討する際に、どちらの側に立ちたいかを再考する必要があるだろう。

2020年はスポーツ全般にとって困難な1年だったが、各国が無駄の多いイベントの開催を再考する転換点にもなるかもしれない。

-Source: CNA
*日本時間2021年05月31日10:39 の為替レート:1シンガポールドル=82.883700円