ミケーレ・アルボレート

モンツァの伝説的なコーナー、パラボリカは、1984~1985年フェラーリで3回優勝するなど、モータースポーツ界で輝かしい業績を残した故ミケーレ・アルボレートにちなんで「クルヴァ・アルボレート」と改名される。

ミケーレ・アルボレートは、2001年にドイツのラウジッツリンクでのテスト中に亡くなっており、「スピードの殿堂」の最終コーナーは、 イタリアGP週末中の9月11日(土)に彼の20周忌を記念して改名される。

パラボリカは、モンツァ・サーキットのストレートからフィニッシュラインに向かう高速コーナーであり、モータースポーツで最も象徴的なコーナーのひとつである。

その名が冠されるイタリア人ドライバー、アルボレートは、1981年にF1デビューを果たし、1985年にはワールドチャンピオンシップ2位になった。F1グランプリ優勝5回、F1表彰台23回(1988年モンツァでの有名なフェラーリ1-2フィニッシュの2位を含む)。

1988年F1イタリアGP表彰台:左から2位ミケーレ・アルボレート(フェラーリ)、1位ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)、3位エディ・チーバー(アロウズ)
1988年F1イタリアGP表彰台:左から2位ミケーレ・アルボレート(フェラーリ)、1位ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)、3位エディ・チーバー(アロウズ)


彼はDTM、インディ・レーシング・リーグ、世界スポーツカー選手権にも参戦し、1997年には元F1ドライバーのステファン・ヨハンソンとトム・クリステンセンとともにル・マン24時間レースで優勝した。

アルボレートは2001年、ラウジッツリンクでアウディの耐久レース用マシンをテスト中、44歳で亡くなった。

このコーナーは、F1史上2回目のF1スプリント開催日に、アルボレート未亡人のナディアとその家族、F1のCEOステファノ・ドメニカリ、モンツァ・サーキット会長のジュゼッペ・レダエリ、イタリア自動車クラブ会長のスティッキ・ダミアーニによって命名される。

イタリアグランプリおよびF1スプリントは、ザントフォールトがF1カレンダー復帰するオランダGP(9月5日)後、9月12日に開催される。

-Source: The Official Formula 1 Website